賢い人は、公正なジャッジのいないところでは、喧嘩はしない。
海外生活が長いオーナーさんの話は、実に刺激的だった。ここから先はいつか役立つかもしれないので、自分用メモ。
・タイのプーケットは日本の物価の4分の1くらい。月2万円以下で、お手伝いさん付きのコンドミニアムに暮らせる。
・ネット回線はADSL。ただしプロバイダの関係で時々回線がダウンするらしい。携帯は3Gが最近始まった。
・プーケットは600人くらいの日本人が暮らす。10月から3月のベストシーズンには日本人の数が倍近くになる。
・心配な医療費は6ヵ月までなら旅行保険が適用できるので、半年ごとに一時帰国するならこれで問題ない。
・日本との往復はLCCのエアアジアで羽田-クアラルンプール(KL)間が1万円。KLからプーケットも数千円。
・マレーシアはタイよりは物価が高く、日本の3分の1くらい。クアラルンプールは東京並みの大都会。日本人も多い。
・シンガポールの大学へ進学できるのは超エリート。タイの大学も授業はオール英語で行われ、世界で活躍する人材を多く輩出している。
などなど…。遠く感じていた東南アジアが一気に近くなった感じ。特にクアラルンプールへ1万円で行けるというのは驚いた。新潟東京間と変わらないじゃないか。
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スプレータイプの消臭剤として日本でもお馴染みのファブリーズですが、当初はまったく売れずにP&Gの担当メンバーは悩んでいたそうです。しかし主婦が掃除の際に行う習慣をつぶさに観察することで、彼女たちの心のなかに「掃除が終わった」という実感が得られるルーチン(例えばベッドメイクの最後にマクラを決まった位置に置くなど)をしたいという欲求が存在していることを発見します。そしてそのルーチンに「ファブリーズを使う」という行為を位置付け、さらに「ファブリーズを使ったのだ」という実感がより得られるように(消臭剤であるにもかかわらず)香りを追加したところ、売上が急増。「臭いを取る製品だから『イヤな臭いが無くなる』という報酬をアピールすれば良いだろう」という単純な発想ではなく、行動の裏側にある本当の報酬や欲求を理解しなければならないわけですね。
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919 :名無しさん@12周年 : 2012/05/12(土) 10:43:33.62 ID:M9fz2as80
»910 
だって、日本の画人たちは自分たちのテクニックを体系化して形式化して
くれなかったんだもん。
結局、最終的に技法を全部整理して「色彩学」あるいは「絵画学」として
集成して誰にでも学べる形式知にしてくれたのは西洋人だから、日本画に
無知でもしょうがないじゃん。
日本のアーティストどもは、最後まで「学(-ology)」という形にしてくれなかった。
だから、最終的には西洋から学ぶしかなかった。

和算だって、似たようなところあるよね。
関孝和っていう超天才が居たけど、結局、誰も数学を作らなかった。
算術、超凄い個人技としての天才の発想はあったけど、それをまとめてシステム
として全体化しなかった。
おかげで、関孝和以降の算術はむしろ関よりレベルが下がった。なぜかっつーと
関くんも、自分は超天才で頭良かったけど、教科書をかかなかったからね。
弟子も書かなかった。
だーれも、知識をシステム化、体系化して客観性のある形にしなかった。

日本の最高に悪い癖の一つが、どんな凄い職人芸や超人でも、「そいつだけの超凄い個人技」で終わるトコ。
誰にも共有できない天才の境地だから、そいつが死ぬと終わり。
この点、絵画にせよ数学にせよ、天才のやったことを技法として残して学問という
形にした西洋が、最終的には俺らの知識体系になって和算や日本美術が俺らの知識体系
に残らないのは当然じゃなかろか。

西洋の絵画は、システマティックな技法、誰にでも学べる体系としての学問を残した。
日本の絵画は、凄かったけど、誰も、それを整理して学校でカリキュラムとして教えられる
形にはまとめなかった。
実際、西洋には美術の「手引書」があるけど、日本にはないよね。デッサンの仕方、
写実画のかきかた、投影点の作り方、それをすべて、西洋は「システム」にして、誰にでも
学べる「知識」として整理した。
そりゃ圧勝するだろ。

923 :名無しさん@12周年 : 2012/05/12(土) 10:48:47.93 ID:qLTjOhHS0

»919 
体系化といえば空海だな
日本は「学」ではなく「道」とするのが好きなとこがあって、
それはそれでいい部分もあるんだけど、
伝統とか保護の話になると弊害が多い

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○アメリカ政治の決まり文句に、「子や孫の世代のために」という言葉があります。もともとが移民の作った国ですから、自分たちは父の世代より豊かに、子や孫の世代はさらに恵まれるべし、というのがあの国における一種の大義(もしくは強迫観念)です。

○ゆえに「子や孫の世代のために」と言われると、誰も反対ができない。オバマ大統領が「教育への投資が重要だ」「赤字のツケを後世に残してはならない」と言った場合、党派を超えたスタンディングオベーションになる。これは非常に健康なことだと思うのです。

○というのは、日本の政治で「将来の世代のために」なんて言葉は、少なくとも近年は聞いたことがない。「年寄りをいじめるな」というのはよく聞くし、「若者が割りを食っている」という主張も最近は増えてきたけれども、「これから生まれてくる世代」のことなんて、誰か考えているんでしょうか。

○少子化が問題だ、もっと子供を増やさなければならない、という声がある。しかるにその動機は「年金を払ってもらえないから」であったりする。つまりこれから生まれてくるのは、巨額の借金と介護の負担を背負った世代ということになる。それじゃあ出生率が上がらないのも無理はないですな。そんな浅ましい動機に支えられた少子化対策が、効果を挙げることはけっしてないでしょう。

かんべえの不規則発言


子孫のために

(via gkojax) (via iyoupapa) (via raitu) (via ichimonji)

ほんとそうだよ 国が子供のための施策を全く行わないから、親が「せめて自分の子供だけは」って必死になって過保護になったり過剰に勉強をさせたりしちゃうんじゃないだろうか。自分がモンペだとは言わないが、モンペになっちゃう人の気持ちはわからないでもない。とにかく、子供に対する公共のものが信じられない、信用ならない、任せられない、自分しか守ってあげられない、そういう気持ちが世の親に蔓延してる。

今のこの日本の状況、東京の状況で、過保護にならずに子供を育てるには相当の自覚と客観性と覚悟がないと難しい。自分が親になってみて特に思う。

(via oosawatechnica) (via yuco)

(via izumiumi, bo-rude)

2009-03-04

(via gkojaz) (via k32ru)

(via naminorineko) (via butazuratruk) (via yaruo)

(via anyprojecta)

(Reblogged from anyprojecta)

「四の五の言わずにやれ」

と言った際に、

「ではニ、三よろしいですか?」

と切り返してくるのは

これは有名な返しなんですか?

それともこの子天才なんですか?


あと僕なめられているんですか?

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